中小企業にとって様々な法律や制度の改定や改正は、ビジネスにいろいろな影響があると思います。今年も様々な法改正が行われており、中小企業の社長や人事・労務担当者にとっても重要なものもいくつかあります。この記事では、「育児・介護休業法」「短時間労働者の社会保険適用」など、押さえておくべき法改正について解説していきます。
育児・介護休業法
2021年6月に「育児・介護休業法」が改正され、今年の4月1日から段階的に施行されています。今回の改正のポイントとしては、男性の育児休業取得促進のための枠組みが追加されたことです。従業員が育児や介護を理由に離職することを防ぐため、性別問わず仕事と育児や介護の両立を可能にするために変更点が新たに追加されました。
主な変更点は、以下のとおりです。
1.男性版産休制度の創設
2.育児休業を取得しやすい環境整備の義務化
3.妊娠・出産の申出をした従業員に対する個別の周知・意向確認の義務化
4.育児休業の分割取得
5.育児休業取得状況の公表の義務化
6.育児・介護休業取得要件の緩和
男性従業員の育休取得を目的に新設された男性版産休制度。「男性版産休」は通称で、正式な名称は「出生時育児休業」です。育児休業を取るタイミングはそれぞれの家庭事情により異なりますが、各々の都合に合わせて取得できるよう子どもが生まれてから8週間以内に、4週間まで取得することが可能となり、2回まで分割して取得できるようにもなりました。更に、現行の育休制度と男性版産休とを合わせて取得することも可能となりました。
育児・介護休業法の改正に合わせ、雇用保険法も整備されています。今までは育児休業給付の支給要件として育児休業開始の2年前に12か月以上の被保険者期間が必要でしたが、2022年からは育児休業給付についての規定が整備されます。被保険者期間の起算日に関しては、特例が設けられることになっています。
パワハラ防止法
「パワハラ防止法(改正労働施策総合推進法)」とは、職場でのパワーハラスメント(以下「パワハラ」)を防止するための法律です。2020年6月1日から大企業に対してパワハラを防止するための措置を取ることが義務付けられており、中小企業は努力義務となっていましたが、2022年4月1日からは中小企業に対しても適用となりました。中小企業もパワハラ防止法の対象となったことにより、中小企業の経営者にもパワハラ防止の措置が義務化されています。パワハラ防止法は、従業員全員をパワハラから守ることが目的です。パワハラ防止法にはパワハラの定義や、パワハラ防止法の措置を雇用主に義務づけるなどの内容が盛り込まれています。
パワハラ防止の措置としては、以下の内容があります。
・従業員から相談があった場合に、相談の内容や状況に応じ適切に対応するために相談窓口を設けるなど体制を整備し、従業員に周知する。
・パワハラに関する事実確認や適切な処置など、事後の迅速且つ適切に対応し、再発防止策を講じる。
・パワハラに関する相談や事実確認へ協力したことなどによるプライバシーの保護や、解雇その他不利益な取り扱いをしないことを定め、従業員に周知や啓発を行う。
パワハラの主な定義には、
・大勢の前で長時間叱責する
・不十分な指示で業務をさせる
・業務を与えない
などの行為があります。
一言で「パワハラ」と言っても、その内容は様々です。本人はパワハラという意識はなく指導しているつもりでも、それがパワハラに該当してしまうこともあります。パワハラの定義やパワハラ防止法の概要を正しく把握し、それぞれの企業で防止措置を講じましょう。
パワハラの対策を行うことにより、中小企業にとっては以下のような効果が期待できます。
1.企業の発展につながる。
2.リスクを回避することができる。
中小企業の発展の上で、パワハラ防止は今や欠かせない大切なものです。パワハラに対してしっかりと対策を取ることで職場の環境や人間関係が安定し、生産性の向上につながります。また、求職者や社会に対して、自分達の企業が仕事しやすい職場環境にあることをアピールすることもできます。
個人情報保護法
2022年4月、「個人情報保護法」が改正されました。個人情報保護法とは、個人の情報を適切に保護するための法律で2003年に成立、2005年に施行された法律です。
個人情報保護法には次のように2つの目的があります。
1.個人情報が持つ権利と利益を保護する。
2.個人情報を適正且つ効果的に活用する。
改正された背景には個人の権利意識が高まっていることや技術革新、グローバル化への対応の他、IT技術の進歩があります。変化し続けているデジタル社会の情勢に対応できるよう情報の取扱いに関する内容が新しくなりました。たとえば、オンラインショッピングでは顧客のユーザー情報や注文履歴からおすすめの商品を紹介するなどの仕組みがありますが、その際にもデータの取得や利用に同意が必要と決められています。デジタル社会において、個人情報を不正に取得されるなど悪質な事例が数多く発生したり、制定当時に想定されていなかったような個人情報の悪用が行われたりすることから、今回の改正につながりました。
改正により、個人の権利や利益をより強く保護すること、AIやビッグデータの時代に応じた規制などの内容が新しく加えられました。今回の改正には、次の6つのポイントがあります。
1.本人の保護請求の拡充等
2.事業者の義務・公表等事項の追加
3.新たな情報類型の創設(仮名加工情報・個人情報保護関連)
4.部門別の認定個人情報保護団体の制度化
5.ペナルティの強化
6.外国事業者関係(域外適用・第三者提供時の情報提供等)
個人情報を1件以上扱っている事業者は対象になりますので、改正のポイントをしっかり押さえ、ビジネスへの影響を理解しておきましょう。
女性活躍推進法
「女性活躍推進法(女性の職業生活における活躍の推進に関する法律)」は、自らの意思で働くことを希望する女性が、自分自身の個性や能力を十分に発揮し、活躍できる社会の実現を目指して制定され、2016年4月に施行されました。2025年度末までの10年間の時限立法です。2019年5月には「改正女性活躍推進法」が成立、2020年4月に施行されました。以前は従業員数が301人以上の企業に対して義務化されていましたが、今回の改正で101人以上の企業まで対象の範囲が広がったので、新たに対象となった企業は改正内容をしっかりと確認しましょう。
職場における女性の活躍に関しては以下の3つの基本原則があります。
1.女性に対する採用や昇進の機会を積極的に提供すること
2.職業生活と家庭生活を両立させるために必要な環境を整備すること
3.職業生活と家庭生活の両立は本人の意思が尊重されること
女性活躍推進法では、対象となる企業には、以下の2つが義務付けられています。
1.行動計画の策定・届出
① 女性の活躍に関する状況把握と課題分析
② 行動計画の策定・社内通知・公表
③ 行動計画を策定した旨の届出
④ 取組の実施と効果の測定
2.女性活躍状況の情報公開
情報公開に当たっては、厚生労働省が運営する「女性の活躍推進企業データベース」」や自社のHPなどで公表します。概ね年1回以上の更新と、公開時点での最新数値を公表することが求められています。情報公開には「女性労働者に対する職業生活に関する機会の提供」と「職業生活を家庭生活との両立に資する雇用環境の整備」の2つの項目が求められています。
短時間労働者の社会保険適用のルール改正
2022年10月からは、短時間労働者への社会保険加入の適用拡大が始まります。これまで対象外だった企業も、短時間労働者の社会保険適用の把握や届出などの対応が必要となります。今のうちに内容をしっかりと把握し、準備を進めておきましょう。
ルール改正に伴う変更点は以下のとおりです。
・「特定適用事業」の要件
(変更前)被保険者(短時間労働者を除く)の総数が常時500人を超える事業所
(変更後)被保険者(短時間労働者を除く)の総数が常時100人を超える事業所
・「短時間労働者」の適用条件
(変更前)雇用期間が1年以上見込まれること
(変更後)雇用期間が2か月を超えて見込まれること(通常の被保険者と同じ)
更に令和6年10月からは、「特定適用事業」の要件が、被保険者(短時間労働者を除く)の総数が、常時50人を超える事業所に変更されることになっています。
ルール改正に当たり、特定適用事業所(令和4年10月以降、新たに特定適用事業所に該当する事業所含む)で、令和4年10月から新たに被保険者になる従業員がいる場合は、「被保険者資格取得届」などの提出が必要です。提出に当たっては、新たに被保険者となる短時間労働者の把握や該当する従業員への説明を行ってください。また、「被保険者資格取得届」の提出に備えては、事前に作成をしておきましょう。被扶養者がいる場合は、「被扶養者(異動)届」の作成も必要です。
雇用保険マルチジョブホルダー制度
2022年1月から始まった「雇用保険のマルチジョブホルダー制度」とは、高年齢被保険者の特例で、複数の企業で仕事をしている人が、雇用保険に加入できるようになったものです。通常の雇用保険は、1つの企業で週20時間以上勤務し、31日以上雇用されることが見込まれる人が加入の対象となっていました。従って、複数の企業で働くことで週20時間以上の勤務となる人は雇用保険に入ることができず、退職しても失業保険の支給を受けることもできませんでしたが、マルチジョブホルダー制度によって可能となりました。
マルチジョブホルダー制度の対象は、65歳以上で、以下の3つの条件に該当する人です。
1.複数の企業で雇用されていること
2.2つの企業での労働時間を合計し、1週間の所定労働時間が20時間以上であること。(それぞれの企業で、1週間の所定労働時間が5時間以上20時間未満である必要があります。)
3.2つの企業で、それぞれ雇用される見込みが31日以上であること。
3つ以上の企業で雇用されていたとしても、マルチジョブホルダー制度の対象になるのは2つの企業までです。
通常の雇用保険は、加入条件を満たした場合強制的な加入が求められますが、マルチジョブホルダー制度では加入の有無は従業員本人の意思で決定できます。そして、通常の雇用保険と違い、手続きは従業員本人がハローワークにて行わなければなりません。但し、手続きを行うための書類「雇用保険マルチジョブホルダー雇入・資格取得届」には企業が、該当従業員本人が制度の対象者となることを証明する欄があります。また、雇用契約書か労働条件通知書、賃金台帳、出勤簿やタイムカードも必要となります。マルチジョブホルダー制度は、5年を目途に効果の検証を行うことになっています。
まとめ
今年改正された法律や制度の中から、「育児・介護休業法」「パワハラ防止法」「個人情報保護法」「女性活躍推進法」「短時間労働者の社会保険適用のルール改正」「雇用保険マルチジョブホルダー制度」の6つについて解説しました。その他にも、改正された法律や新たに設けられた制度はたくさんあります。しっかりと把握しておかなければ対応が遅れたり、思わずトラブルを引き起こしたりする可能性もありますので、情報に敏感になり、対処していきましょう。